宮腰光寛大臣のスキャンダル[全裸でピンポン]娘や息子など家族構成[文春]

第4次安倍改造内閣で内閣府特命担当大臣に就任した、宮腰光寛(みやこしみつひろ)衆議院議員ですが、10月25日発売の「週刊文春」「全裸でピンポン」という見出しで、過去の泥酔スキャンダルについて報じています。

なかなかインパクトのあるタイトルですが、一体、宮腰議員の起こしたスキャンダルとはどのようなものだったのでしょうか?

この記事では、今回報じられたスキャンダルの概要や宮腰光寛議員の経歴や家族構成などについて、見ていきたいと思います。

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宮腰光寛議員の「全裸でピンポン」スキャンダルの経緯

それではまずは初めに、今回報じられた宮腰光寛議員の「全裸でピンポン」スキャンダルの概要から見ていきたいと思います。

この出来事が起きたのは2007年6月末で、場所は参議院赤坂議員宿舎だったと言います。

実は、宮腰議員は酒癖が懸念される方だそうで、毎晩の晩酌は泡盛だと言い、酩酊状態で宿舎に帰ってくる姿が度々目撃されていたそうです。

そして冒頭の2007年6月末深夜、赤坂議員宿舎のA元議員の部屋のインターホンが鳴り、A元議員の妻が覗き穴から廊下を見ると、宮腰議員が裸で立っていたとのこと。

妻の叫び声を聞いたA元議員が玄関を開けた時には、驚いて逃げたようで姿はなかったものの、翌日、宮腰議員の娘さんが謝罪に来たため、インターホンを押したのは宮腰議員だと分かったそうです。

ということで、以上のような出来事が「全裸でピンポン(インターホン)」という見出しがついた経緯だったようです…。

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「全裸でピンポン」スキャンダルが起きた理由 文春の取材に宮腰議員は?

前項では、「全裸でピンポン」スキャンダルが起きた経緯について簡単にまとめましたが、ではこの出来事が起きた理由とは何だったのでしょうか?

これは、前項でも触れましたが、宮腰議員の酒癖が関係しているようで、酩酊状態で自分の宿舎の部屋を間違えてしまったことが原因のようです。

「全裸でピンポン」スキャンダルが起きた日、実は宮腰議員はまず、Aさんの隣室に住んでいたB元議員の部屋に先に間違えて入ったのだと言います。

Bさん曰く、赤坂宿舎はセキュリティが良いため施錠せずに出かけていたそうですが、この日Bさんが帰ると、布団の上には自分のものではない背広が脱ぎ捨ててあり、風呂場には下着やパンツまで。

既に風呂には誰もおらず、上記の行動を取った人物はバスタオル1枚で出ていってしまったそうです。

しかし、宮腰さんの娘さんが「父がどこの部屋に入ったか分からない」と探していたため、上記の出来事を起こしたのが宮腰さんだと判明。

その後、娘さんがBさんに謝罪に来たため、脱ぎ捨ててあったスーツを返したそうです。

ちなみに週刊文春は、宮腰さんに一連の出来事や謝罪について、電話で話を伺ったものの、

その手の話は答えない。

と回答があったとのこと。

また、宮腰事務所に問い合わせたところ、以下のような趣旨の回答があったそうです。

  • 飲酒のため、宮腰本人は当時の状況をほとんど覚えていない。
  • 同人の娘に確認したところ、宮腰が赤坂宿舎の自室の階を間違え、Bさんの部屋に入ってしまった。
  • 宮腰は自室であると考え衣類を脱ぎ始めたが、途中で違うことに気づき、下着姿で部屋を出て自室に帰ろうとした。
  • しかし自室に帰る途中、また部屋を間違え、Aさんの部屋のインターホンを鳴らしてしまった。

などなど…。

といったところが、宮腰議員が起こした「全裸でピンポン」スキャンダルの理由や、宮腰議員サイドの言い分となっています。

こうした内容から、宮腰議員が一連の出来事を起こしたのは事実と考えられそうですが、犯罪的な目的があった訳ではなく、単なる酔っぱらった末の過ちだったようですね…。

宮腰光寛(みやこしみつひろ)のプロフィールや嫁、娘などの家族構成 献金疑惑も報じられていた

続いては、宮腰光寛議員の経歴や家族構成などについて、簡単にご紹介したいと思います。

宮腰光寛

画像引用:mituhiro.com

宮腰 光寛(みやこし みつひろ)

生年月日       1950年12月21日(67歳・2018年10月時点)

出身地        富山県黒部市

血液型        O型

身長・体重      166㎝・67㎏

出身校        富山県立桜井高等学校、京都大学法学部(中退)

現職(2018.10時点)  内閣府特命担当大臣、衆議院議員

所属政党       自由民主党(岸田派)

家族         妻、次女、長男の4人家族

趣味         読書、カラオケ、離島訪問

好きな食べ物     豆腐、妻と娘の手料理

参照:wikipediamituhiro.com

宮腰光寛議員は、富山県黒部市出身の現在67歳になります。

小中高と地元・黒部市の学校を卒業し、京都大学法学部に入学したものの中退。

24歳で京大法学部を中退後、家業の石材屋に就職。

1983~1998年まで、4期15年間、富山県議会議員を務めます。

1998年、住博司衆議院議員の死去に伴う富山2区補欠選挙に自由民主党公認で出馬し、初当選。

以降、富山2区で8期連続当選。

wikipediaなどを見ていると、宮腰議員は農政の分野で活躍されてきたようですが、今年10月からは、第4次安倍改造内閣で内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策、海洋政策、消費者及び食品安全、少子化対策)に就任し、一億総活躍、行政改革、国家公務員制度などの職務も兼務。

富山県選出の国会議員として、2006年以来の大臣となったとのことです。

(参照:wikipediaなど)

しかし就任早々、宮腰議員には献金問題も浮上。

自身が代表を務める自民党富山県第二選挙区支部が、談合で行政処分を受けた地元企業から、14~16年に計36万円を受け取っていたと報じられていました。(宮腰議員は、報道について「事実があることを確認した」と認め、献金を返金することで地元企業側と合意したそうです。)*参照:朝日新聞デジタル

宮腰光寛の家族構成 妻と2人の娘、1人の息子が居る?

また、宮腰議員については、その家族についても気になる方が多いようで、関連キーワードに「家族」「娘」「息子」といったワードが浮上してきます。

という事で、宮腰議員の家族について情報を調査してみると、公式HPには「妻、次女、長男の4人家族」という情報が見受けられます。

この情報を見て、違和感を感じるのは次女の記載はあるものの、長女の記載がないことです。

しかし、ネット上には宮腰議員の”農林水産大臣政務官”時代のプロフィールも残っており、当時の情報によると、家族構成は「母、妻、長女、次女、長男、自分」の6人家族だとのことです。

宮腰議員が農林水産大臣政務官を務めていたのは2002年頃ですので、長女はそれから現在にかけて、ご結婚されるなどして違う家庭に入られたのかも知れませんね。

また、2014年の記事によると、

今一番はまっていることの質問に、スマートフォンの壁紙にしている四歳の孫娘と言い切る。「孫ができて初めて分かる人生」と言ってはばからず、表情が緩む。妻、娘との三人暮らし。

引用:chunichi.co.jp

という記載もあるので、お孫さんにも恵まれ、息子さんも家を出られているようですね。

宮腰光寛 嫁・雅子

修正なしの画像は引用元からどうぞ。(画像引用:chunichi.co.jp

ちなみに、↑の画像の女性が宮腰議員の妻の雅子さんだそうです。

宮腰さんはフェイスブックも開設されていて、妻の雅子さんらしき女性の姿は度々見受けられますが、お子さん達については実際の写真などは見つけられませんでした。

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終わりに

ということで、「全裸でピンポン」スキャンダルが報じられた宮腰光寛議員について、出来事の経緯やそのプロフィール、家族などについて、お伝えさせて頂きました。

宮腰議員は、ベテラン議員として農政を中心に長らく頑張ってこられたようですが、このような報道はそのイメージを低下させてしまいかねない気がします。

悪気はなく、単なる飲み過ぎによる間違いだったのでしょうが、状況によっては深刻な出来事になっていた可能性もありますので、お酒はほどほどにして、今後は職務にあたって頂きたいですね。

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