宮根誠司の隠し子の母が激白!謝罪メールや不倫の経緯、嫁の行動など[文春]

フリーアナウンサーの宮根誠司(みやねせいじ)さんの隠し子問題について、11月30日発売の「週刊文春」が報じています。

宮根誠司 文春砲

画像引用:週刊文春デジタル

この問題は2012年にも「女性セブン」によって報じられていましたが、その時は宮根さんが全面的に認め、謝罪をした事などから、騒動は沈静化した過去があります。

しかし今回、5年以上の月日を経て再びこの問題が浮上してきた背景には、隠し子と呼ばれる娘さんの母親であるA子さんにとって、許せない、我慢し切れない事実が発覚したからだと言います。

この記事では、週刊文春が報じた問題の概要や、A子さんのインタビューの内容などをまとめていきたいと思います。

スポンサーリンク

宮根誠司(みやねせいじ)の隠し子(かくしご)問題 週刊文春が隠し子の母・A子さんにインタビュー

まず宮根誠司さんの結婚歴や、隠し子と呼ばれる娘さんを産んだA子さんとの関係については、ざっくりと言うと、これまでは以下のように伝えられていたようです。

  • 宮根さんは、1993年1月に元モデルの女性と結婚するも、2004年7月に離婚。当時、出版社に勤めていたB子さん(現在の妻)とはこの離婚前に知り合い、前妻と離婚後に交際に発展。
  • その後、宮根さんは2006年8月にB子さんと再婚。
  • A子さんとは、再婚前の2004年ごろに知り合い、交際に発展。
  • 宮根さんとA子さんの関係は、2006年8月の宮根さんの再婚後も続き、2007年春ごろ、A子さんから妊娠したことを告げられる。
  • A子さんが2008年2月に出産し、その後宮根さんは認知。2011年5月に宮根さんの長女を出産した妻・B子さんも、承諾済。
  • 宮根さんとA子さんの隠し子が、2012年1月に「女性セブン」で報じられる。この時、A子さんは32歳。

(参照:女性セブンデイリースポーツ、など。)

しかし今回の週刊文春の記事には、これまでには報じられていなかった事実や食い違う内容もあるようです。

まず第一報を報じた2012年の「女性セブン」の記事の内容について、A子さんは「彼(宮根さん)にとって都合のいい内容になっていた」と言い、反論しようと考えたものの、当時はマスコミに出る勇気もなく我慢したそうです。

しかし宮根さんや奥さんの事を気遣い、およそ10年間、本当の事を話さなかったというA子さんですが、最近知った”ある事実”をきっかけに、耐え切れず真実を告白する決心をしたそうです。

その”ある事実”についても気になるところですが、まずは週刊文春によるA子さんのインタビューや宮根さんとの関係を、順を追って見ていきたいと思います。

週刊文春の記事はかなりの長文となっておりますので、出来るだけ要約を心掛けますが、以下、長くなる事をご了承ください…。

A子さんの証言によると、宮根さんと出会ったのは2004年の6月頃だったそうで、当時20代だったA子さんは大阪・北新地のクラブで働いていたそうです。

宮根さんはテレビ局の関係者と、よくA子さんの店を訪れていたそうで、そのうち食事に誘ってきたり、道頓堀のスポーツジムに行ったりと仲良くなり、すぐに交際に発展。

宮根誠司 文春砲

画像引用:週刊文春デジタル

当時、宮根さんは大阪の朝日放送を辞めてフリーになったばかりで、A子さんが仕事の相談相手になっていたと言います。

また宮根さんが東京で仕事がある時には、A子さんが付いていく事もあったり、お互いの友人を誘って食事会を開くこともあったそうです。

A子さんは宮根さんの事が本当に大好きで、「いずれは結婚したい」という気持ちがあったと言います。

しかし、交際から2年ほどが経った2006年8月頃、A子さんは宮根さんから「(君よりも)先に出会って付き合っている人がいる」と打ち明けられたそうです。

A子さんはショックを受け、「もし、その人と結婚する気があるなら、私はすぐに別れます。」と数えきれないほど言ったそうで、二股に耐えられずA子さんから別れを切り出す事もあったのだとか。

しかし1週間ほどすると、宮根さんから「どうしてる?」「元気?」などとメールが来て、A子さんは「彼は私のことを本当に好きでいてくれている」と感じ、ヨリを戻す、といった日々を送っていたと言います。

また2012年の1月に報じられた、女性セブンの記事の中には、

A子さんにはもともと「ぼくには、結婚を約束した恋人がいる」といっていたので、向こうも「ぼくとは結婚はできない」とは思っていたようです。

という宮根さんのコメントが掲載されていたようですが、週刊文春のインタビューでA子さんは、「そんなことは一切、言われたことはありません。」と否定しています。

さらに宮根さんは、2006年8月に現在の奥さんと再婚したのですが、その事もA子さんには隠していたそうで、まさか宮根さんが結婚しているとは思わなかったと言います。

また女性セブンの記事では、宮根さんは再婚後はA子さんと会う機会が減ったと説明されていましたが、A子さんの証言ではむしろ会う回数は増え、週に1回は会っていたそうです。

この頃には、宮根さんの誕生日を一緒にお祝いした事もあったそうですが、その間も宮根さんは、奥さんと結婚した事実をA子さんには隠し続けていたとの事です。

スポンサーリンク

宮根誠司(みやねせいじ)は、A子さんに長文謝罪メールを送っていた

そんなA子さんが宮根さんの結婚を知ったのは、以下のような経緯からでした。

まずA子さんの方が、宮根さんの子供を妊娠している事が分かったそうで、それが2007年の6月8日の事だったと言います。

A子さんは嬉しくて、病院から帰るとすぐに宮根さんに電話で伝えたそうですが、宮根さんの反応は想像していたものとは違い、「え?」と困惑した様子だったとか。

この時のA子さんには、宮根さんのリアクションの理由が分からず、当時の手帳には「酷い言葉が返ってきた」「ショックであきれた」「やっぱり許せない」と書いてあると言います。

宮根誠司 A子さんの手帳

画像引用:週刊文春デジタル

そして、それから4日後の6月12日、ついに宮根さんが「実は結婚している」と打ち明けてきたのだそうです。

頭が真っ白になり、絶望的な気持ちになったというA子さんでしたが、その日の深夜から、宮根さんは慌てたように長文の謝罪メールを何通も送ってきたとの事です。

miya10

画像引用:「週刊文春」2017.11.30発売号

その中の一つの6月13日深夜0時40分のメールには、以下のように綴られていたと言います。

本当にごめんなさい。

自己保身と言われてもしょうがないですけど君の事は本当に好きでした。

彼女と付き合って何年かして君が僕の前に現われました。

僕は君事(ママ)が好きになりました。

只結婚は考えていませんでした。

只只君を応援しなければ、いつか君を新地でトップにすると張り切ってました。

それは信じてください。

籍の事は君との関係を失いたくなくていえませんでした。

本当に好きでした。

僕はこれから償いたいそして頑張ります。

彼女の人生もあります。

君の人生もあります。

一生かけてどんな事しても償います。

引用:「週刊文春」2017.11.30発売号

こうしたメールを受けて、A子さんは騙されていたと痛感したと言います。

さらに、「彼女と付き合って何年かして君(A子さん)が僕の前に現われました」という記述から、A子さんは宮根さんが前妻と離婚した2004年に出会ったはずなのに、さらに何年も前から今の奥さんと付き合っていた事が発覚し、宮根さんがいくつも嘘を付いていた事を知り、何も信じられなくなったそうです。

それ以来、家に籠って毎日泣いたというA子さんでしたが、宮根さんは謝りつつも「言うのだけは勘弁してください」というメールを送ってきて、世間や家族に知られないよう隠す事に必死だったと言います。

そして酔っぱらってA子さんの家に来ては、「俺は駄目な奴や」と、毎日のようにうなだれていたとの事です。

宮根誠司はA子さんの両親に土下座し、許しを得ていた

その後、宮根さんは四国にあるA子さんの実家を訪れ、A子さんの両親に謝罪したそうです。

玄関に入るなり、すぐに土下座する宮根さんの姿を、A子さんも涙ながらに見ていたとの事ですが、そんな姿を見て両親もその場では宮根さんの事を許したとの事です。

またA子さんの方も、「一生かけて償う」という言葉や宮根さんの必死な姿を信じて、1度は許したと言います。

そしてA子さんは2008年2月に、難産の末、娘を出産。

宮根さんは3月にA子さんの実家で娘と対面し、4月に認知をしたとの事です。

当時の宮根さんからは、「娘はどうしている?」と気遣うメールが毎日送られてきたそうですが、以降もA子さんは宮根さんに裏切られた悲しみが消えず、両親の助けを借りながら娘さんを懸命に育ててきたそうです。

スポンサーリンク

宮根誠司は、妻にはA子さんや隠し子(かくしご)の事は明かしたがらなかった

そして2008年12月、宮根さんがブログで結婚を公表した事で、「ミヤネ屋」では共演者から花束を贈られるなど祝福されていました。

宮根誠司 文春砲

画像引用:週刊文春デジタル

それを見たA子さんは、

世間から隠れながら、私はこんな生活を我慢して続けているのに……、1人で彼との子を育てているのに、何で彼だけが皆から祝福されているんだろう。

引用:「週刊文春」2017.11.30発売号

と、悔しさが込み上げたと言います。

当時の宮根さんは、まだ奥さんには真実を伝えていなかったそうですが、A子さんが何度頼んでも隠そうとしたそうです。

そしてA子さんは、せめて宮根さんのお母さんには娘の存在を知ってもらいたいと考え、島根県大田市にあるという手掛かりだけを頼りに、宮根さんの実家を目指したと言います。

生後10カ月の娘さんを車の後ろに乗せ、風邪をひかせないようトランクに毛布を積み込み、雪の降る高速道路などを10時間以上かけて運転したそうです。

そして実家に辿り着くと、宮根さんのお母さんは驚きながらも会ってくれ、「孫の顔が見られて嬉しい」と喜んでいたそうです。

以降はお母さんから、週1~2回ほど電話がかかってくるようになり、A子さんは娘さんにも、電話越しにおばあちゃんの声を聞かせていたと言います。

またA子さんは、島根に行った事はもちろん宮根さんにも伝えていたそうですが、さらに「自分で言わないなら、今回のように私が奥さんに会いに行きます」と伝えたそうです。

すると宮根さんはようやく諦め、「嫁に言います」と返答してきたとの事。

A子さん曰く、宮根さんはこのようにいつも口で上手く言っては、物事をうやむやにして隠そうとするのだそうです。

例えば娘さんが2歳になったばかりのある日、宮根さんとA子さんは一緒に食事をしたそうですが、宮根さんは真剣な表情で「島根の実家についてきてくれ、と言ったらどうする?」と聞いてきたそうです。

「一瞬、私と一緒になる気があるのかと思った」というA子さんは、その場では「分からない」などと答えたものの、「彼は私と一緒になることを考えているんだ」と淡い期待を抱いたと言います。

しかし、それ以降は何事もなかったように過ぎ、数カ月後には宮根さんから「奥さんとの間に子どもができた」と伝えられたそうです。

この時の様子について、女性セブンでは、

妻との間に誕生した新たな命―A子さんに伝えると「おめでとう」とだけいった。

と伝えられていましたが、こうした惨めな状況でA子さんは、そんな事は言えなかったと週刊文春に答えています。