クラレンスエルキンズは冤罪で真犯人はアールマン?オハイオ強姦殺人の真相

クラレンスエルキンズは冤罪で真犯人はアールマン?オハイオ強姦殺人の真相

1998年、アメリカ・オハイオ州で女性が自宅で強姦・殺害され、一緒に居た孫娘も襲われるという恐ろしい事件が起きました。

そして、孫娘が目撃した犯人についての証言が、一人の男性の人生に大きな試練を生むことになるのでした。

この記事では、1998年に起きたオハイオ州強姦殺人事件の概要や犯人逮捕の流れ、驚きの結末などについて、お伝えしたいと思います。

※本記事は、海外メディアの記事なども参照しています。出来るだけ確認はしておりますが、誤訳などがあった場合はご容赦ください。

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1998年に起きたオハイオ州強姦殺人事件の概要

それではまずは初めに、当該事件の概要から見ていきたいと思います。

1998年6月7日の早朝、オハイオ州バーバートンに住んでいたジュディ・ジョンソンさん(当時58歳)が、一緒にいた孫娘のブルックさん(当時6歳)と共に、侵入者によって自宅で残忍な襲撃を受けました。

↑ジュディス・ジョンソンさん


↑ブルークさん

攻撃を受けた時、ジュディ・ジョンソンさんはリビングのソファで眠っていて、侵入者に強姦され、刺され、さらに激しく殴打され、それは鼻、あご、鎖骨および頭蓋骨が骨折するほどだったと言います。

そしてジュディス・ジョンソンさんは、首を絞められたことが原因で殺されてしまいました。

この時の騒音によって、祖母であるジュディ・ジョンソンさんのベッドで寝ていた孫娘・ブルックさんも目覚め、ベッドを出て台所に行くと、一人の男がいるのを目撃しました。

しかし、この男はブルックさんを怖がらせたため、ブルックさんは寝室へ戻り、寝ているふりをしてカバーの下に隠れました。

さらに男も寝室へと入ってきて、ブルークさんの顔を殴打し、強姦し、首を絞め、喉に小さな切り傷を負わせたそうです。

ブルックさんは意識を失い、数時間後である午前7時頃に再び目を覚ましました。

そして隣人に電話をかけ、留守番電話に、

すみません、おばあちゃんが死んでしまいました。

私は一人です。今すぐにお願いします。

出来るだけ早く、私と連絡を取ることは出来ますか?

と、メッセージを残しました。

しかし、電話で誰とも連絡が取れなかったため、ブルックさんは近くの別の隣人の家へ行き、ドアをノックしました。

出てきたのは、この家の住人で、アール・マンという男性と事実婚をしていたトニア・ブラジエルさんでした。

トニア・ブラジエルさんは、ナイトガウンを着て血だらけになったブルックさんを見て、”子供に朝食を作っているところだから、自宅へ運転していけるようになるまでフロントポーチ(日本でいう縁側のような場所)で待つように”と言いました。

それから約45分後、ブルックさんが自宅に帰宅すると、ブルックさんの母親であるエイプリル・サットンさんは、はじめは血まみれの娘をほとんど認識できなかったと言います。

そして、ブルックさんから事情を聴いたブルックさんの父親は、襲撃された家に駆け付け、ブルックさんの祖母を見つけて警察に通報しました。

そして、警察がブルックさんに目撃した犯人について尋ねると、意外な答えが返ってきました。

なんと、ブルックさんはそれが、

クラレンス叔父さんのように見えた。

と言ったのです。

そして、この発言が、その後の事件の真相究明の大きな障壁となるのでした。

オハイオ強姦殺人で、ブルークの叔父のクラレンス・エルキンズさんが逮捕

ブルックさんの証言によって、祖母のジュディ・ジョンソンさんを殺害したのは叔父のクラレンス・エルキンズさんである疑惑が浮上しました。


↑クラレンス・エルキンズさん

クラレンス・エルキンズさんは、鋼鉄工場で鍛造オペレーターとして働いていました。

しかし、クラレンスさんとジュディ・ジョンソンさんの殺害を結びつける物的証拠は見つかりませんでした。

クラレンスさんと、現場を結ぶ指紋やDNAは発見されなかったのです。

にも関わらず、ブルックさんの目撃証言を基にして、クラレンスさんは逮捕されてしまいました。

クラレンス・エルキンズさんの裁判と判決

裁判で検察は、クラレンス・エルキンズさんが、ジュディ・ジョンソンさんの娘であり、自分の妻であるメリンダ・エルキンズさんとの結婚生活に不満を抱いていたことが、ジュディ・ジョンソンさんを殺害した動機だと理論化しました。

しかし、クラレンスさんにはアリバイがあり、妻のメリンダさんは、事件当日のクラレンスさんは午前2時40分頃まで友達と飲んでいたと主張。

襲撃があったのは午前2時30分から午前5時30分の間で、ジュディ・ジョンソンさんの家までは1時間以上離れていました。

また、このアリバイはクラレンスさんの隣人や友人によっても裏付けられていたそうです。

しかし結局、ブルックさんの証言が尊重され、クラレンスさんは有罪判決を受け、1999年に強姦と殺人の罪で終身刑を宣告されてしまったのでした。

クラレンス・エルキンズさんの無罪主張の経緯

クラレンス・エルキンズさんのこうした状況を受けて、妻のメリンダさんはクラレンスさんを解放するために、母であるジュディ・ジョンソンさんを殺害した真犯人を見つけることを決意しました。

↑メリンダ・エルキンズさん

メリンダさんは家族からお金を借り、民間の捜査官を雇い、事件を再調査し始めました。

そして事件から3年後、メリンダさんは事件以降、関係が悪化していたブルックさんの母で自分の姉妹でもあるエイプリル・サットンさんと和解。

さらに、クラレンスさんの逮捕の決め手となる証言をしたブルックさんも、その発言が間違いだったと言い始めました。

ブルックさんは、当時の殺人犯が茶色い目をしていたのに対し、クラレンスさんは青い目をしていたことを思い出したのです。

この説明に基づき、クラレンスさんの弁護士は新たな裁判を求めました。

しかし、検察はブルックさんが家族から誘導を受けたと主張し、子供の記憶をゆがめることで知られる催眠術をブルックさんにかけたとして、クラレンスさんの弁護士を批判。

結局、2002年にこの裁判は否定されました。

さらに2004年には、オハイオイノセンスプロジェクトの助けを借りて、ジョンソンさんの膣と爪の下、さらにブルックさんの下着の、計3ヵ所から回収された微量の生物学的物質についてDNA検査が行われました。

その結果、3ヵ所すべてで同じ男性のDNAプロファイルが明らかになり、1人の男性が犯罪を犯したことが示されました。

そして、それはクラレンスさんではありませんでした。

しかし検察は、それでもクラレンスさんは有罪であると主張し続けました。

2005年7月、裁判官は再び新しい裁判の申立てを却下。

最初の判決はDNAではなく、ブルックさんの目撃証言によって下されたので、この新しい証拠が陪審員に提示されたとしても、その結果は変わっていないというのが判断の理由でした。

遂に真犯人逮捕へ

しかし、クラレンス・エルキンズさん側の無罪のための捜査はそれでも終わらず、次は事件当時、自宅に来た血だらけのブルックさんをすぐに家に送らず、警察にも電話しなかった、隣人のトニア・ブラジエルさんの行動に焦点を当てました。

そして調査の結果、トニア・ブラジエルさんの事実婚の相手であるアール・マン氏は事件当時、刑務所から釈放され、その後10歳未満の少女3人を強姦したとして有罪判決を受けていたことが判明。

さらに偶然にも、アール・マン氏はこの時、クラレンスさんと同じ刑務所にいたのでした。

クラレンスさんはアール・マン氏の捨てたタバコの吸い殻を回収し、ひそかにそのDNAを収集。

弁護士に郵送し、DNA検査の結果、アール・マン氏のDNAプロファイルが犯罪現場の証拠から得られたDNAプロファイルと一致したのでした。

こうしてDNA検査においても、真犯人が特定されたにも関わらず、検察はそれでもクラレンスさんの釈放に同意することを拒んでいました。

しかし、この事件に関して直接権限を持ってなかったオハイオ州検事総長のジムペトロ氏が、地元の検察官に起訴を却下するよう圧力をかける記者会見を開き、最後にもう一度、DNA検査でアール・マンが真犯人だと確認した後、クラレンスさんは2005年12月15日に釈放されたとのことです。

アール・マンの現在

↑アール・マン

ジュディ・ジョンソンさん殺害の真犯人だったアール・マンですが、フロリダ州メルボルンで生まれ、事件当時は妻のトニア・ブラジエルさんと3人の子供を持っており、オハイオ州のジュディ・ジョンソンさんの隣に住んでいました。

アール・マンには他人への攻撃から強盗まで広範囲にわたる犯罪歴があったようですが、事件当時、ジュディ・ジョンソンさんの孫のブルックさんは、アール・マンたちの娘とよく遊んでいたそうです。

そして、犯行をブルックさんに目撃されたアール・マンは、事件当日の早朝に背中に深い傷を負って家に戻っていたそうで、妻のトニア・ブラジエルさんは疑いの目で見ていたようです。

さらに、ブルックさんが朝、自宅を訪ねてくると、アール・マンは怒り、トニアさんにブルックさんを中に入れさせず、警察にも連絡しないように指示しました。

これが、トニアさんがブルックさんを家に送り届けるのが遅れた理由なのかも知れませんね。

また、アール・マンは2008年に死刑回避のための訴訟合意において、ジュディ・ジョンソンさんに対する強姦・殺人を認めました。

そして、55年の懲役刑を宣告され、事実上の終身刑となったようです。

クラレンス・エルキンズさんのその後や現在

さらに2010年11月には、バーバートン市が、クラレンス・エルキンズさんの捜査と起訴に関与した4人の警察官に対する訴訟を525万ドルで解決することに合意し、オハイオ州は別途に1,075,000ドルの賠償金を支払ったそうです。

その後、クラレンスさんは2006年9月に離婚を申請し、2007年に成立。

2010年には、モリ―さんという女性と再婚されたようです。

さらに2011年には、シンシナティ大学ロースクールにクラレンス・エルキンズ奨学金を設立し、慈善事業も行っているそうです。

UCロースクールにあるオハイオイノセンスプロジェクトに年間5000ドルを提供し、毎年オハイオイノセンスプロジェクトの2人の学生への奨学金が含まれているそうです。

クラレンス・エルキンズさんの体験がドキュメンタリー化

また、このクラレンス・エルキンズさんの体験は2009年に、「The True Story of Clarence Elkins(信念:クラレンスエルキンズの真実の物語)」というタイトルでドキュメンタリー映像化されていたようです。

終わりに

1998年にアメリカ・オハイオ州で起きた残虐な強姦・殺人事件の概要と、冤罪被害に遭われたクラレンス・エルキンズさんのエピソードについて、お伝えさせて頂きました。

物的証拠がないのに目撃情報だけで逮捕・処罰するのは、検察や裁判所の怠慢のようにも思えますが、実際にはそうしたケースは少なからずあるのではないかという気がします。

あらゆる事件を100%解明するのは不可能でしょうし、難しい問題ではあると思いますが、それでも無実の人が罰を受けることがないように、慎重な捜査や裁判が徹底されていってもらいたなと思います。

本記事の情報参照元:

Clarence Elkins - Wikipedia
Clarence Elkins - National Registry of Exonerations
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など。

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