近年もディナーショーを開催すれば即完売するほど、根強い人気を誇る歌手の中森明菜(なかもりあきな)さん。
そんな中森明菜さんですが、実の妹であり、過去には芸能活動をされていたこともあった中森明穂(なかもりあきほ)さんが、急逝していたと週刊誌「FLASH」が報じています。
この記事では、明菜さんの妹・明穂さんの経歴や近況、明菜さんと家族の関係などについて、お伝えさせて頂きたいと思います。
目次
中森明穂(なかもりあきほ)のプロフィール 中森明菜の実妹で、過去には女優活動も
それではまずは初めに、明菜さんの妹である中森明穂さんについて、その経歴や近況などを見ていきたいと思います。
— ねたろう (@cQxPGoKcnpEOn4Y) June 10, 2019
中森 明穂(なかもり あきほ)
生年月日 1966年10月12日~2019年5月27日(享年52歳)
出身地 東京都清瀬市
血液型 B型
備考 元女優で中森明菜の実妹
参照:wikipedia
中森明穂さんは、姉・明菜さんの1つ年下で、東京都清瀬市出身の元女優になります。
中森さん一家は6人兄弟姉妹(二男四女)で、父は明男さん、母は千恵子さんとおっしゃり、6人の子供の名前には皆、「明」という文字が入っているそうです。
ちなみに、明菜さんは6人兄弟姉妹のうちの5番目の三女で(兄が2人、姉が2人、妹が1人との情報があります。)、その妹である明穂さんは末っ子の四女になるようです。
明穂さんは、姉・明菜さんが人気絶頂だった1987年に、テレビドラマ「月曜ドラマランド・スケバン保母さん ツッパリ風雲録」や「赤ちゃんに乾杯!」に出演。
また1988年には、朝日放送主催の、芸能人が集まったミニバイクレースにも出場していたそうで、この頃は姉・明菜さんも明穂さんを応援していたと言います。
しかし同年、明穂さんはセミヌ○ドを含む写真集やイメージビデオなどを発売。
— ねたろう (@cQxPGoKcnpEOn4Y) June 10, 2019
↑明穂さんの過激な作品に、明菜さんは反対していた。
その内容を聞いた姉・明菜さんは撮影に反対したそうですが、明穂さんは姉の七光りで芸能活動をしていると揶揄されることに反発して、上記作品を発表したそうです。
ちなみに明穂さんのこうした作品は、発売前は話題性を呼んだものの、売上には反映されず、以降、明穂さんに目立った活動はなくなっていったそうで、さらに姉・明菜さんとはこの騒動以降、関係が断絶したと言われています。
こうした経緯から考えると、明穂さんが芸能活動をされていたのは主に21~22歳頃だったようですね。
明穂さんの芸能界引退時期については、詳細は確認出来ませんでしたが、ヤフー知恵袋では「30歳くらいで引退した」といった噂も見受けられました。
以上が、中森明穂さんの簡単な芸能活動歴となっています。
中森明穂は過去には交通事故に遭い大怪我も 結婚はしていなかった?
続いて、中森明穂さんの近況についてですが、2010年には交通事故により大怪我を負われていたようです。
2014年の女性自身の記事では、以下のような父・明男さんのコメントが掲載されていました。
明穂は交通事故に遭ってしまい、右の踵を大ケガしました。
手術を3回も受けて、もうハイヒールなんか、とても履けなくなり、足が不自由で引きずるようしか歩けなくなってしまいました。
引用:
中森明菜 断絶した家族に続く災厄…「妹は交通事故で障害が」 | 女性自身≪あきなー、ひとりー。こんなあたしですうー、すいません…≫ こんな書き出しから始まる直筆メッセージが綴られた、中森明菜(48)のファンクラブ会報。それは9月中旬、会員に郵送されてきた。帯状疱疹により、10年10月に活動休止した明菜。精神的にも不安定な状態が続いている様子だったが、約半年ぶりに送られた会報の文面からもそ...
さらに父・明男さん曰く、当時は中森家に不幸が相次いでいたと言い、明菜さんの一番上のお姉さんの孫娘が、小児白血病で小学6年生で他界したり、明男さん自身も明菜さんも罹った帯状疱疹(たいじょうほうしん)に苦しまれたそうです。
また、明穂さんは既に結婚して子供さんも居らっしゃるという噂も、ヤフー知恵袋等ではチラホラ見られましたが、過去の女性自身の記事には、以下のような父・明男さんのコメントがありました。
~前略~
私ももういつ逝ってもおかしくない歳ですから。
まだ結婚しないで家に残ってる(明菜の)妹の明穂もね、明菜がテレビに出るんじゃないかと、歌番組があるとテレビをつけては「小泉今日子ちゃんは今日も出ていたのに、なんでうちのお姉ちゃんはテレビに出ないの?」って言いながら、毎日、目を皿のようにして見ています。
ディナーショーにも“行きたい、行きたい”と言っていましたから。
引用:
中森明菜 父が涙で伝える「明菜そっくりのひ孫が生まれたよ…」 | 女性自身「こないだの夜もNHKを見ていたら、明菜が歌う場面が流れてね……。いつの間にか、私は大号泣。涙が止まりませんでした。あの子とのいろんなことが走馬灯のように頭の中をよぎってね。家族で連絡を取れないのは、あの子だけですから」 そう言って目を伏せたのは、中森明菜(52)の実父・明男さん(83)。11月にはニューアルバ...
これは2017年頃の記事だったようですが、「まだ結婚しないで家に残ってる(明菜の)妹の明穂も~」といった表現から、明穂さんはそれまでに結婚経験はなかったのではないかと推測されますし、お父さんの証言ですので信憑性もありそうです。
といったところが、芸能界引退後の中森明穂さんの簡単な近況となっています。
中森明穂が肝硬変のため、2019年5月に急逝 葬儀に明菜は出席せず
そして、6月11日発売の週刊誌「FLASH」の報道によると、中森明穂さんは肝硬変のため、5月27日に亡くなっていたことが明らかになりました。
亡くなる2週間ほど前にはヘルニアも併発していたそうですが、父・明男さん曰く、明穂さんは毎日ベッドの上で話したり、看護師さんに付き添われてお風呂に入れてもらったり、亡くなる2、3日前に見舞いに行った時も元気そうだったと言います。
しかし、5月27日に急に危篤になり、兄弟姉妹も集まってお見送りをしたそうです。
そして明穂さんの葬儀は、亡くなられてから2日後の5月29日に行われたそうですが、そこに姉の明菜さんが姿を現すことはなかったとのことです。
家族が明菜に知らせようとしたみたいだけど……。
「連絡が取れなかった」とか、「都合が悪いみたい」とか言っていました。
結局、明菜は来なかったんです。
(明男さん)
引用:
中森明菜、急逝した妹・明穂の葬儀に姿を見せず…父は悲嘆 - Smart FLASH/スマフラ[光文社週刊誌]
父・明男さん曰く、明穂さんは姉の明菜さんに会いたいと願っていたそうで、写真集などの件で仲が悪化したものの、子供の頃は二人とも仲が良かったそうです。
子供のころは、仲がよかったですよ。
次女と明菜と明穂の3人は、それぞれ1歳違い。
娘は4人いるんだけど、三姉妹のようでした。
(明男さん)
引用:
中森明菜、急逝した妹・明穂の葬儀に姿を見せず…父は悲嘆 - Smart FLASH/スマフラ[光文社週刊誌]
たった一人の妹さんが亡くなられたことに、明菜さんも心の中では深い悲しみを抱いていることでしょうが、やはり長年に渡って形成されてきた家族との溝は、そう簡単には埋めることは出来ないのでしょうね…。
筆者は医学的な知識には乏しいのですが、ネットで調べたところ、肝硬変は初期は自覚症状があまりなく、悪化すると命に関わる危険性が出てくるそうですので、明穂さんの状態もある程度悪化していたのかも知れませんね。
そうであったならば、なおさら姉の明菜さんには会っておきたかったことでしょうね…。
中森明菜(なかもりあきな)の家族との関係 明菜だけが親交断絶?理由は金銭トラブルか
さらに、これはもう何年も前からメディア等で報じられてきたことではありますが、中森明菜さんはガンで亡くなられた母・千恵子さんの1995年の葬儀出席以降、実父・明男さんはおろかご兄弟の誰一人とも、一度も会っておらず、24年に渡って断絶状態となっているようです。
そんな関係を修復させるためにか、父・明男さんは幾度となく週刊誌等のインタビューに応じ、会ってわだかまりを解消したい旨を訴えてきたようですが、2019年6月現在、それはまだ実現できていないようです。
しかし父・明男さん曰く、明菜さんのご家族は皆、明菜さんを応援しており、連絡が取れるようになることを願っていると言います。
以下は週刊誌のインタビューに応じた際の、父・明男さんの明菜さんへのメッセージです。
家族全員、いまでも明菜を応援しているんです。
「お父さんたち家族は、いつまでもみんな明菜の味方だから、明菜頑張れ!」、そう明菜に伝えてくれませんか。
引用:
中森明菜 断絶した家族に続く災厄…「妹は交通事故で障害が」 | 女性自身≪あきなー、ひとりー。こんなあたしですうー、すいません…≫ こんな書き出しから始まる直筆メッセージが綴られた、中森明菜(48)のファンクラブ会報。それは9月中旬、会員に郵送されてきた。帯状疱疹により、10年10月に活動休止した明菜。精神的にも不安定な状態が続いている様子だったが、約半年ぶりに送られた会報の文面からもそ...
さらに驚くことに、父・明男さん曰く、明菜さんは母・千恵子さんが亡くなる少し前に、中森家の戸籍から自分だけ籍を抜いていたのだと言います。
その後日には、明菜さんの荷物も、事務所の人間が来てすべて持ち去っていったそうで、この行動は明菜さんが「親子の縁を切った」と強く意思表示したものと見られていたようです。
しかし、明菜さんがこうした行動を取ったのは当然理由がある訳で、父・明男さん曰く、それは”明菜さんが、自分が稼いだお金を家族が使い込んでいたと考えている”からのようです。
以下は、このことに関する父・明男さんの週刊誌への証言です。
それは、明菜が私たち家族に“自分のお金を勝手に使われてしまった”と、固く信じ込んでいるからなんですよ。
明菜は、当時の事務所のスタッフから「清瀬(の家族)にいっぱいお金が行っていて、大変なんだよ」と言われたそうです。
引用:
中森明菜 父が告白「誤解が生んだ“家族との断絶”18年」 | 女性自身「実は、明菜の母親の葬儀以来、明菜と私たち家族は今日までずっと音信不通で、一度も会えていないんです」 10月中旬、本誌にかかってきた1本の電話ーー。中森明菜(48)の“親族”と名乗るこの女性は、明菜が家族と“絶縁状態”にあるという衝撃の事実を明かした。 18年前、母・千恵子さん(享年58)の葬儀に明菜が出席したのを...
上記のインタビューで父・明男さんは、明菜さんは当時、家族が経営していたスナックや中華料理店に、自分のお金がつぎ込まれていると誤解していた、と語っていたようです。
しかし、こうした父・明男さんの証言について、疎遠になった原因があたかも娘の明菜さんだけにあるように印象付けようとしている、といった批判もあったようです。
参照:
本当にこうしたことが、明菜さんと家族が疎遠になった理由なのかは断言は出来ませんし、もし仮にそうだとしても、明菜さんと明男さんのどちらの考えが事実なのかも分かりません。
しかし、幼少期は貧しい家庭に育ち、歌手志望だった母・千恵子さんの夢を自分が叶えたいと思ったほど家族思いだったという明菜さんですから、これだけの確執が生まれたのには相応の深い原因があるのでしょうね。
ちなみに明菜さんは、母・千恵子さんがガンで入院中も一度も見舞いには来なかったそうで、この頃から明菜さんと家族の間には確執があったようです。
(見舞いについては、別の記事では何回も行っていたとの記述もありました。両方とも父・明男さんの証言でどちらが正しいのかは不明ですが、戸籍の件など、少なくとも明菜さんと家族の間に溝が出来ていたのは間違いなさそうです。)
さらに母・千恵子さんは、生前から、
父親が眠る墓に一緒に入りたいから、中森家じゃなくて実家の墓に入りたい。
と家族に伝えていたそうで、現在は中森家の墓ではなく、生まれた実家の墓に眠っているそうです。
また、千恵子さんが眠る菩提寺の住職によれば、明菜さんはその命日にはたびたび墓参りに来ているそうです。
本段落の情報参照元:
など。
終わりに
突然の中森明穂さんの訃報に深い悲しみを覚えますし、明穂さんがかけがえのない姉である明菜さんと最期まで会うことが叶わなかったことを思うと、なおさら辛い気持ちになります。
きっと明菜さんも長い間疎遠になっていたとは言え、心の中ではたった一人の妹である明穂さんを大切に思っていたことでしょうし、大きなショックを受けていることと思います。
しかし、それでも家族との溝を埋めることが出来ないのは、他人には窺い知ることのできない事情があるのでしょう。
明穂さんのご冥福と、ご家族、明菜さんの心の痛みが少しでも和らぐことを願っています。