高野孝子(冒険家)の経歴と今現在は?北極海横断した理由を調査!

高野孝子(冒険家)の経歴と今現在は?北極海横断した理由を調査!

2月も厳しい冷え込みが続いていますが、スキーやスノボーをはじめ、ウィンタースポーツをされる方には嬉しいシーズンではないでしょうか?^^

ところで今から遡る事およそ22年前の1995年、犬ゾリで北極海を横断するという、死と隣り合わせの挑戦を世界で初めてやってのけた女性がいました。

その女性の名前は、高野孝子(たかのたかこ)さんといい、2月8日放送の日本テレビ系「笑ってコラえて!」でも、ご紹介されるようです。

今回はそんな高野さんについて、なぜ犬ぞりで北極海を横断しようと思ったのか、またその経歴や現在、家族などのプライベートな部分についても調べてみたいと思います♪

高野孝子(冒険家)のプロフィール 年齢、出身、活動歴など

それではまずは高野さんの出身地や活動歴などの、プロフィールからご紹介したいと思います。

高野 孝子(たかの たかこ)

生年月日     1963年3月30日(53歳)

出身地      新潟県

学歴       早稲田大学、ケンブリッジ大学、エジンバラ大学

職業       特定非営利活動法人ECOPLUS(代表理事)、早稲田大学留学センター教授
配偶者      大前純一

高野さんは新潟県に生まれ、早稲田大学へ進学されてから、世界中を冒険されたようです。

  • 1986年 -オーストラリアで科学調査と奉仕・冒険活動
  • 1987年 – 香港から中国大陸、ソ連、ヨーロッパ、インドの旅
  • 1989年 -アマゾン川を1,500kmカヌーで下る(男女4名チーム)
  • 1990年 – エルブルス山脈にて高所トレーニング
  • 1991年 – 厳冬期のソ連極東地方冒険行でベーリング海峡を横断
  • 1991年 -北極点へパラシュートジャンプ
  • 1992年 -サンディエゴ~サンフランシスコ間で帆船航海
  • 1994年 – カナダ北極圏にて犬ぞりとカヌースレッドの旅(5ヶ国6名のチーム)
  • 1995年 – 4ヶ国5名のチームでロシア側から入る北極海無動力横断を成功(世界初)

などなど、その冒険記は膨大で紹介しきれませんが、ホントに凄いとしか言いようがない活動歴ですよね…^^;

また高野さんは環境についての活動にも積極的で、特定非営利活動法人ECOPLUSを設立し、早稲田大学で自然環境の講演もされるなど、環境教育にも努めていらっしゃるようです。

高野孝子(冒険家)が犬ゾリで北極海横断した理由はなぜ?

高野さんは1995年に犬ぞりで北極海横断という偉業を成し遂げられ、これは同時に世界初の北極海無動力横断であり、当時とても大きく取り上げられました。

そしてこの時代はまだこういった世界に女性があまり進出されていない時期だったようで、著書の中で高野さんは、「女と一緒に冒険なんて出来るか」と同行を拒むクルーも居たと記しています。

またこの挑戦の舞台となった北極海は、南極とは違い、陸ではなく氷上の地面の為、いつ海に落ちてもおかしくない、命を落としてもおかしくないという状況でした。

きっとそうしたネガティブな要素が逆に、高野さんの反骨精神や冒険家心に火を付けたんでしょうね。

その後の高野さんの活動を見ていても、とにかく挑戦し続ける姿が印象的ですし、優しそうなその外見からは想像も出来ないような、根っからの好奇心の持ち主なんでしょうね!

高野孝子(たかのたかこ)の現在 家族(夫や子供)は?

そんな世界でも前人未到の偉業を成し遂げてみせた高野さんですが、北極海横断成功から現在では、どのような活動をしているのか調べてみました。

2000年には、 ケンブリッジ大学で大学院地理学部「環境と開発」修士号を習得。

2002年には、社会貢献活動と未来の地球のために活動する女性に贈られる「オメガアワード2002」を受賞されます。

そして2003年に現在も高野さんが代表を努める、特定非営利活動法人ECOPLUSを設立されました。

その他にも地元・新潟県魚津市を中心に子供達に自然や環境について教育されたり、早稲田大学などで講義をされたり、人と自然の付き合い方について、幅広く伝えられているようですね!

また高野さんはご結婚されていて、旦那さんのお名前は大前純一(おおまえじゅんいち)さんとおっしゃいます。

以前は新聞記者を務められていたようですが、現在は高野さんの活動を共に、本気で取り組むために、退職され、エコプラスの理事・事務局長を務められています。

お子さんについての情報は見当たりませんでしたが、高野さんの経歴が経歴なだけにお子さんを設ける時間などは無かったのかも知れませんね。

しかし高野さんは他の人には真似出来ない経験を通じて、沢山の大切な事を地域の子供達に伝えられている事は、本当に素晴らしいと思いますし、頭が下がりますね。

まとめ

という事で、冒険家として、環境教育者として、多くの偉業を成し遂げてこられた、日本人女性の高野孝子さんについてお話させて頂きました。

高野さんの活動を見ていると、不可能だと思っていた事も出来るかも知れない、そして人生はいつだって挑戦し続ける事で、遅すぎる事なんてないんだという気持ちにさせられますね!

そんな高野さんのこれからの活躍にも期待したいと思いますし、私達も今日から新しい“何か”に挑戦してみませんか?^^

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読者様のコメント

  1. 桜井真知子 より:

    イヤー!高野孝子さん万歳!!わくわく 感動して読みました。そうです。やりたい時はやれる、やっていい時だと共鳴しました。私は後期高齢者、でも夢を実現する力がふくらんできました。声楽家の端くれですが長年ほそぼそと、指導などもやってきて、漸くのこと自然な発声が会得できてきたように感じ、歌うことが解放感をともなってたのしくなってきました。7年前に合唱団の練習場として建てたかわいい、音楽館で独唱会(気に入った呼び方です)を定期的に開き,ゆくゆくは歌の行脚をしたい、そして、知られることなく三途の川の向こう岸へ気がついたら渡りたいと長年浮かべては消えた思いを実行に移していく決心がつきました。ありがとうございました。