9月22日放送のTBS系「爆報!THE フライデー」に、歌手の水前寺清子(すいぜんじきよこ)さんが出演されるようですが、今から40年以上前に出演していた人気ドラマ「ありがとう」の中で、確執のあった”ある女優さん”についてテレビ初告白されるそうです。
この女優さんは誰なのか、気になったので調べてみると、どうやらその女優さんとは、今は亡き大物女優の山岡久乃(やまおかひさの)さんのようです。
という事でこの記事では、山岡久乃さんと水前寺清子さんの関係性や、ネット上に浮かんでくる山岡さんの「死因」「和田アキ子」「若い頃」といった関連ワードについて、探ってみたいと思います。
目次
山岡久乃(やまおかひさの)のプロフィール
まずは初めに、山岡久乃さんのプロフィール・経歴について、簡単にご説明したいと思います。
8月27日は、今は亡き女優・
山岡久乃さんの誕生日(1926年)。 pic.twitter.com/kKPoMao3ym— オダブツのジョー (@odanii0414) August 26, 2018
山岡 久乃(やまおか ひさの)
本名 山岡 比佐乃(やまおか ひさの)
生年月日 1926年8月27日
没年月日 1999年2月15日(満72歳没)
出身地 東京都大田区
身長・体重 162cm・49kg
職業 女優・声優
活動期間 1942年~1999年
配偶者 森塚敏(1956年~1971年)
趣味 乗馬、手芸
特技 スキー
<主な出演作>
- 『女と味噌汁』シリーズ(テレビドラマ)
- 『肝っ玉かあさん』シリーズ(テレビドラマ)
- 『ありがとう』シリーズ(テレビドラマ)
- 『三男三女婿一匹』シリーズ(テレビドラマ)
- 『渡る世間は鬼ばかり』シリーズ(テレビドラマ)
- 『金のたまご』(テレビドラマ)
- 『しとやかな獣』(映画)
- 『釣りバカ日誌7』(映画)
など、他多数。
(参照:wikipedia)
山岡さんは1942年、宝塚音楽舞踊学校に入学されましたが、第二次世界大戦の影響で劇団生活に限界を感じ、一度も舞台に立つことなく1944年に同学校を中途退学されたそうです。
そして終戦後、改めて俳優座養成所で演技の勉強をし直し、1946年に俳優座へ入団。
その後は、舞台や映画で活躍されました。
1953年頃からはテレビドラマへも出演しだし、1970年のTBS系ドラマ「ありがとう」では水前寺清子さんと親子役で共演し、50%を超える超高視聴率も記録。
この作品を契機に、白い割烹着が似合うような「日本を代表するお母さん女優」として、地位を確立されたそうです。
山岡さんは、その後も多くのホームドラマで母親役を演じ、「日本のお母さん」として慕われました。
またプライベートでは1956年、同じ青年座創立メンバーだった俳優・森塚敏(もりつかびん)さんと結婚しましたが、1971年に離婚。
離婚と同年に青年座を退団し、その後は独身を通されました。
そして山岡さんは、晩年の代表作であるTBS系「渡る世間は鬼ばかり」シリーズの主役・岡倉節子役でも有名ですが、1998年10月、突然の降板となった事でも世間を騒がせたようです。
降板の理由は、橋田壽賀子さんとの確執説なども浮上したようですが、総胆管結石や肝機能障害のため、体調を崩した事が主な要因だったと言われているようです。
(参照:wikipedia、https://www.nikkan-gendai.com/)
山岡久乃(やまおかひさの)の死因は、胆管癌による心不全だった
前述したように、1998年の10月に「渡る世間は鬼ばかり」を降板した山岡さんでしたが、それから僅か4ヶ月ほどで残念ながら亡くなられてしまいます。
まず、「渡る世間は鬼ばかり」降板から2ヶ月後の1998年12月に、自らが胆管癌を患っていることを告白。
さらに山岡さんは、癌を公表してから僅か2ヶ月後の1999年2月15日、胆管癌による心不全のため、神奈川県川崎市の病院で亡くなられました。
山岡さんの葬儀は、「日本のお母さん」「橋田ファミリーの看板女優」といわれた女優さんだっただけに盛大だったそうで、多くのファンが詰めかけたり、告別式には渡鬼ファミリーの方々も顔を揃えられたそうです(参照:https://www.nikkan-gendai.com)。
という事で、生前の山岡さんは多くの芸能人やファンの方に親しまれていたようですね。
山岡久乃と水前寺清子(すいぜんじきよこ)の関係 平手打ちされて不仲だった?
そんな山岡久乃さんですが、前述した大ヒットドラマ「ありがとう」で主演の水前寺清子さんの母親役を演じていたのですが、9月22日放送の爆報フライデーでは、二人の間には確執があった事が明かされるそうです。
何でも、ある日の本番で、山岡さんが台本とは全く違う行動を取り、いきなり水前寺さんを平手打ちにしたそうです。
親にも殴られたことがないのに!どうしてこの方から殴られなきゃならないの?
という想いに駆られたという水前寺さんは、山岡さんとセリフ以外は口をきかなくなり、いつしか犬猿の仲となってしまったというのです。
そして、同ドラマでの共演から25年後の1999年に山岡さんは逝去。
しかし、2人の因縁には驚きの結末が待ち受けていたと言います。
(ここまでの情報参照元:スポニチ)
という事で、山岡さんと水前寺さんの確執について情報を探ってみましたが、今回テレビ初告白と言われているだけあって、ハッキリした情報はあまり出回っていません。
しかし、幾つかのヒントになりそうな情報は見受けられました。
それらを簡単にまとめると、「ありがとう」で水前寺さんと山岡さんは3シリーズ共演しているようですが、毎回1回は必ず、水前寺さんは山岡さんから平手打ちを受けていたようです。
山岡さんは、本番までは殴らない、空振りするから顔よけろと言いつつ、実際の本番では水前寺さんを本気で殴っていたそうです^^;
そして、実はこれは同ドラマプロデューサーの石井ふく子さんの作戦で、後日、水前寺さんは石井さんから「こんちくしょうと思う相手とドラマをやりなさい」と言われたそうです。
そして水前寺さんは見事に山岡さんに対し「こんちくしょう」と想い、結果お二人は3シリーズに渡り親子役で共演する事になったようです。
見事にこんちくしょうと思わせてくれた。
このお母さんとは二度とやらないと思ったのに、全部お母さん役なんだもん。
(水前寺清子さん)
また、水前寺さんは当時、歌手と女優の両立で多忙を極め、撮影はリハーサルなしの一発本番だったそうですが、寝る時間を削ってセリフを覚えるなどされていたようです。
そうした水前寺さんの姿勢は、山岡さんや、他の共演者である石坂浩二さんなどからも評価されていたようです。
といったように、山岡さんと水前寺さんの確執についてはハッキリとは断言出来ませんが、山岡さんの晩年頃に、お二人が対談されている様子を伝えるコチラのブログ様などもありましたので、おそらく「ありがとう」撮影初期の話だったのではないかと感じました。
そんなお二人は対談の中で、ドラマが終わって20数年経っても親子のように呼び合っていて、とても親密な様子でした。
(本段落の情報参照元:http://hei9rou.exblog.jp、http://www.47news.jp/、など)
山岡久乃と和田アキ子(わだあきこ)の関係 怒鳴られ、びびっていた?
またネットで山岡さんについて検索していると、「和田アキ子」さんの名前が関連ワードとして浮かんできます。
和田アキ子、LINEで秋元康に卒業伝えた指原莉乃を疑問視(SmartFLASH) https://t.co/jMvLlOAfi6 アッコさんって山岡久乃さんに叱られて以降、礼儀などを正したとか前に言ってたよね。で、自分も後輩に教えられるようにしようと。伝えていこうと。
— KattaK🌙🌞 (@kata_spon) March 26, 2019
お二人の関係について調べてみると、どうやら過去にドラマで共演した事があり、和田さんは山岡さんにこっぴどく叱られていたようです。
1976~1980年に放送されたTBS系ドラマ「三男三女婿一匹」で山岡さんと共演した和田さんは、当時横浜に住んでいて、テレビ局まで遠かった事から新宿2丁目で朝まで飲んで、そのままテレビ局へ通っていたそうです。
すでに「あの鐘を鳴らすのはあなた」が大ヒットするなど、歌手として大人気だった和田さんですが、ある日、仮眠している間に寝過ごし、慌てて現場に向かうと胃けいれんを起こしてしまったそうです。
朝から詰まっていた撮影は滞り、ここで山岡さんのカミナリがスタジオに炸裂。
あんた、ドラマを何だと思ってんの!
歌手で人気があるかもしれないけど、ドラマはみんなで作んのよ。
あんたひとりのために、みんながダメになっちゃうのよ。
マネージャーと顔を強ばらせ直立不動になる和田さんに、山岡さんは、
あんたには愛情が足んないのよ。
好物は何?
と尋ね、
肉じゃがとかナスの煮浸しです。
と答えた和田さんに対し、山岡さんはそれから毎朝それらを作ってきてくれたそうです。
といったように、叱るだけでなくその後の温かいフォローに和田さんは改心し、以来、芸能活動で遅刻をしなくなったそうです。
山岡のおっかぁに叱られて以来、今まで一度も遅刻したことはないのよ。
めっちゃ、怖かった…。
と語るほど、和田アキ子さんにとっても山岡さんは頭の上がらない存在だったようですね…。
しかし、こうした出来事から、和田さんは後輩を叱る事とその後の気遣いを学ばれたようです。
(本段落の情報参照元:http://www.zakzak.co.jp)
山岡久乃の若い頃の画像
そんな山岡さんですが、「若い頃」というキーワードもよく検索されているようでしたので、画像を探ってみましたが、ネット上からはあまり多くは見つかりませんでした。
— ねたろう (@cQxPGoKcnpEOn4Y) April 4, 2019
本当はさらに若い頃の画像などもあれば良かったのですが、すみません…。
しかし山岡さんは、「日本のお母さん」と呼ばれただけあって、お若い頃から親しみやすい笑顔が魅力的だなと感じました。
終わりに
という事で、水前寺清子さんが過去に確執のあった女優を爆報フライデーで告白されるという事で、その女優さんと思われる山岡久乃さんについて、ご紹介させて頂きました。
山岡さんは今回紹介したエピソードだけでなく、厳しくも優しい方として、多くの芸能人やファンの方々に、現在でも愛され続けているようです。
なかなか”叱る”事が上手く出来ないのが現代人なのかなと感じますが、だからこそ山岡さんの「お母さん」の演技から学べる部分もあるのかも知れませんね。